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ブログ再開のお知らせ

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「ブログ再開のお知らせ」


2012年1月18日からブログを一時中断をさせていただていた。


その際にご連絡させていただいたとおり、
少し長期のお休みをいただき、スペインを旅してきた。


本日2月1日より、ブログを再開させていただきたい。


そのスペインでは様々なことを経験し、
様々なことを考えさせられた。


明日から、スペインで私が経験したことについて、
少しお話しさせていただきたい。


特にお話ししたいのは3つ。


「人生」「質と美」「資本主義」


非常に楽しい旅だったが、
同時に考えさせられることも多い旅だった。


<スペインある日の風景>
spain1


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[ 2012/02/01 10:46 ] ご挨拶 | TB(0) | CM(0)

スペインでの旅と「人生」

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「スペインでの旅と人生」


今回からスペインでの旅
私が経験したことについてお話していきたい。


楽しかったが
考えさせられる旅でもあった。


その旅の話。
それはあなたにとって、何の価値ももたらさない話かもしれない。
でも、可能な限り、何らかの価値につながることを望んでお話させていただく。


まず、1つ目の話
それは「人生」についてだ。


「ドンッ」


私の目の前で大きな音がした。
今、考えても、その音は頭の中に残っている。
かつて聞いたことがないような不気味な音だった。


バルセロナ。ピカソ通りでのことだ。


私のすぐ隣にはスペインの女性が自転車に乗っていた。
そして、自転車のハンドルの前には自転車用チャイルドシートがつけられ、そこに赤ん坊が座っていた。


赤ん坊は無邪気な表情をしていた。


でも、その自転車に乗っている女性は呻き声をもらしていた。
両手で顔をおさえ、涙は流れ、狼狽し、動揺していた。


何が起こったのか
分からなかった。


私たちは信号が青になるのを待ち、ピカソ通りを渡ろうとしていたのだ。
そして、ある車が私の目の前を通り過ぎた瞬間に「ドンッ」という音がした。
そして、私の隣にいた女性が呻き声をもらしていたのだ。


目の前を通り過ぎた車は急ブレーキをかけ、止まっていた。


そして、さらにその車の先に目をやると、青年が倒れていた。
自転車と共にだ。
私たちの目の前で轢かれたはずなのに、彼は10メートルほど先のところで倒れていた。


その場所は人通りが多く、周りには人が多くいたのだが、皆、状況を理解できないようだった。
しばらくすると、彼が倒れているところにいた男が電話をした。
そして、助けが来るのを10分から20分ほど待っていると、警察が来て、救急車を待っていた。急ブレーキをかけた車の後続は何が起きたのか分からずにクラクションを鳴らしていた。


彼はその後どうなったのか?
それは分からなかった。
心から助かってほしい。
そう、今も思っているが、それは分からない。


私は何度となく旅をしてきた。
でも、自分自身の目の前で大きな事故にあった方を見たのは初めてだった。


友人が亡くなったことも
知り合いが亡くなったことも
幾度と無くあるが、それでも今回のことは「人生」について考えさせられた。


多くの人は、自分は死なないと思っている。
少なくとも、まだまだ先のことだと思っている。
でも、そうではないのだ。
事故にあったスペインの青年。
彼はまだ20代だ。


彼だって、そのような事故にあうとは思わなかったはずだ。
生死をさまようなことがあるとは思わなかったはずだ。


人はいついかなる時に人生が終わるのか分からない。
その本人にもだ。


そのようなことは分かっていたはずなのに、
それを心から確信した。


伝記「スティーブ・ジョブズ」では
ジョブズが亡くなる前に話していたことが紹介されている。




「がんになってから、以前より(神のことを)考えるようになったし、以前よりも信じていることに気付いた。死後の世界を信じたいからかもしれない。死んだら、消えてなくなるわけではないからね」


「でも時々、電源スイッチのように感じるときもある。押すと死んでしまう」





「スイッチのように死んだら消えてなくなるのか?」


伝記を読まれた方なら理解できると思うが、それをジョブズは恐れていた。


その恐れを抱えながらも、亡くなるその直前までそれまで以上に生きた。


極度に痩せ、強烈な痛みに耐えながらも。
残された人生一瞬一瞬を大切に生きたのだ。


「死」がいつ来るかは誰にも分からない。
だからこそ、一瞬一瞬を大切に過ごすべきだ。


今、我々は生きているのだ。
ジョブズが生きたくても生きることができなかった人生を。


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[ 2012/02/02 17:34 ] 独り言 | TB(0) | CM(1)

スペインの旅「質と美」

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スペインの旅「質と美」


それでは、前回に続き、スペインの旅で感じたことをお話ししたい。


今回は2つ目の話
「質と美」という話をさせていただきたい。


スペインに行く前、
このブログでは旅の目的を少しお話しした。


十年以上前のことだ。
私の知り合いのあるデザイナーの方がこう話していた。


「アルハンブラ宮殿は凄かった。
あれを見ていたら。。気づいたら。。涙が出てきた」


そう、彼は話してくれた。


私はスペインには何度か行ったことがあった。
でも、このアルハンブラ宮殿は見たことがなかったのだ。


だからこそ、その言葉がずっと気になっていた。


今回のスペインへの旅の目的
その多くを占めるのがアルハンブラ宮殿だった。


ただ、一方でデザイナーの彼の感性と私の感性は違うかもしれないということ。
そうも考えていた。


実際、アルハンブラ宮殿を見て、どのように私が感じたのか?
その私の感想の前に実際に見た方がどのように感じたのか?
「トリップアドバイザー」などに掲載のネット上の声からまずご紹介したいと思う。
これを見れば、どれだけ多くの方をこの宮殿が魅了してきたのかが分かっていただけると思う。


アルハンブラ宮殿を見た方の意見


「スペインに行くなら、絶対に行くべき場所の一つだと思います。
イスラムの影響が色濃くて、壁や天井の装飾は溜め息が出るくらい美しい」


「とにかく宮殿内に使われているテキスタイルや彫り込まれた模様がものすごい。 二姉妹の部屋は圧巻です。繊細な天井をただひたすら見上げます。 」


「中庭の池に宮殿が映りとても幻想的です。(中略)壁、天井は幾何学模様や透かし彫りなど目を見張るものばかりでした。(中略)みどころいっぱいでした。」


「ヨーロッパの世界遺産は色々と訪れた事があるのですが、基本的にはどれもキリスト教文化を基にした意匠の遺跡建築物だったりしていたのですが、ここはイスラム教文化の意匠の粋を集めたと言っても良い、素晴らしい文化遺産だと思います。(中略)その幾何学模様などの複雑かつ繊細なデザインは見ていても飽きません。お勧めしたい世界遺産中でもベスト3に入るのでは無いでしょうか。」


「映像や写真では見ていたが、実際に見てみると、言葉にできない素晴らしさで、再訪したいと思わせる物が有る。」


「スペインのイスラム時代の建築物で一番行く価値のあるところだと思います。 イスラム時代のものに限っていうならば、スペインではアルハンブラをみれば他は省略しても構わないと思います。」


これだけではない。
アルハンブラ宮殿については、数多くの方がネット上にコメントを残している。
しかも、それは日本人だけではなく、世界中からだ。


言葉にできない素晴らしさ


何度見ても飽きない。


再訪したくなる。


スペイン1の建築物


そのような声を上げている。


では、私はどうだったのか?


私はデザイナーの方のように涙が出ることはなかった。


でも「感動した」なという程度ではなかった。
自分の心が大きく揺さぶられたのを感じた。
「感動した」という言葉でも「美しい」という言葉でも表現できないほどのものだ。
今もあの世界に触れていたい。
そう思わせる何かがあった。


それについてお話する前にこのアルハンブラ宮殿について、まずお話ししたい。
(この宮殿を語る上で歴史的背景がどうしても重要なのだ)


アルハンブラ宮殿


アルハンブラ宮殿はスペインの最南部。
グラナダにある。



大きな地図で見る


アルハンブラ宮殿は声にもあったようにスペイン屈指の世界遺産。
その美しさを一目見るために世界中から多くの方が訪れる場所だ。


でも、実はスペインに屈した
イスラム教徒の宮殿なのだ。


スペインのあるイベリア半島では11世紀に後ウマイヤ朝が滅びた。
そこから、イスラム勢力は急速に弱体化する。
それに対してキリスト教徒によるレコンキスタが加速化していった。
(レコンキスタというのはキリスト教徒によるイベリア半島を再び取り戻す活動のこと)


その状況の中、最後に残されたイスラム王朝があった。
それがナスル朝。首都グラナダの名をとってグラナダ王国と呼ばれていた。


小さな国だった。


アルハンブラ宮殿を建てたのは、まさにその小さな国だった。


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[ 2012/02/03 12:25 ] 独り言 | TB(0) | CM(0)

ピカソとマティス 偉大な芸術家の対話

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ピカソとマティス 偉大な芸術家の対話


ここ数回お話ししているスペインの旅つながりで
今回はピカソのことをお話ししたい。


私の知人とピカソのことを話していた時
「ピカソって、スペイン生まれだったんですね」と聞かれた。


確かにピカソはフランスで活動していたし、フランスの画家のイメージがある。
でも、彼はスペイン生まれだ。


今回のスペインの旅ではバルセロナのピカソ美術館にも行った。
前々回、お話しした自転車の事故があったピカソ通りのすぐそばに、その美術館はある。


このピカソ美術館には何度か通っている。
しっかりと覚えていないが、3回は来ているはずだ。


でも、今回は以前観た時と感じることが違った。
以前は作品1つ1つを観ていた。


でも、今回は違うのだ。
点ではなく、線。
作品ではなく、人生。
それらを感じていた。


人間の限られた人生
その中でピカソがどのように生きたのか?
そのことを意識して、ピカソの絵を観ていた。


ギネスブックにあるとおり、ピカソは最も多作な美術家。
彼の人生をかけ、常に作品を生み続けてきた。
でも、それだけではないのだ。
彼は変化し続けた。


ピカソ美術館には
彼の幼少期の作品、学生時代の作品、有名な青の時代の作品、老年期の作品など。
乱暴に言えば、生まれてから、亡くなるまでの作品がある。
そのため、順を追って作品を観ることで、彼の人生を感じることができるのだ。


そのように観ていくと凄まじいものがあった。
おそらく、ピカソに興味が無い方、ピカソのことを全くご存知ない方であっても、その変化は一目見て分かるはずだ。
全く別人が描いた作品のように、その変化は大きい。


常に変化し続けた


人生一瞬一瞬を燃えるように生きただけではなく、常に変化し続けたのだ。
彼が評価されなかったとしても、それは偉大なことだと思う。


今回はそのピカソと20世紀を代表するマティスの対話の動画をご紹介したい。
対話の一部を抜粋したものだが、この内容は非常に興味深い。
ぜひ、ご覧いただきたい。






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[ 2012/02/04 20:09 ] 人物 | TB(0) | CM(0)

ピカソとマティス 偉大な芸術家の対話 2

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ピカソとマティス 偉大な芸術家の対話 2


前回、ピカソとマティスの対話の動画をご紹介した。


「あれで何が伝えたかったの?」


そう、昨日会った知人から聞かれた。
実は、私もあれを書いた時、これは少し乱暴だなとは思った。
でも、あの動画には様々な気づきの要素がある。
下手に私が何かを説明するより、それを妨げない方が良い。
そう思ったのだ。


そのため、「動画だけ、ご紹介するのは乱暴かな」とは思ったが、あの通りとさせていただいた。


私には非常に重要だと思っていることがある。
自分で見出した考え方の方が、人から聞いた考え方よりも強力な力を生むという考え方だ。
だからこそ、前回の動画に説明をつけなかった。


そのため、今回、少しご説明をしたい。
いくつかあるのだが、あの動画の順に3つほどご紹介したい。


もちろん、私はマティスやピカソではない。
彼らのように芸術の天才ではない。
それでも、私なりに気がついていることをいくつかご紹介したい。


まず1つ目は


「真逆」


あの動画の冒頭は「絵画とデッサンが同じものだ」というマティスの言葉から始まる。
マティスは色彩で有名な画家。
乱暴に言えば、「色」の専門家だ。
そのマティスが鉛筆や木炭で描くデッサンのことを絵画と同じだと言うのだ。
鉛筆や炭で描くデッサンは色彩とは違う。ある意味では真逆だ。
自分の作品とはある意味、真逆のことを話しているということだ。


あの動画はマティス自身が生み出すものとは真逆のもの。
それについて語るところから始まったのだ。


このブログでも何度かお話ししているとおり、人の興味を高めるのは「対極」。
特に真逆にあるものだ。
マティス自身も自分の作品との対極にあるものに興味を持ち、そして、私自身もマティスのイメージと対極の話に興味を持った。


ただし、その「対極」は理解される「対極」でなければならない。
その意味で、もし、あなたがマティスのことを色彩で有名な画家だと知らなければ、その「対極」は理解されないものだ。当然、注目も興味も集めない。


次にお話ししたいのが


ピカソの言葉


「私にとって絵は現実を引き裂く 劇的な行動を起こすことだ」


そのように話した。


これは衝撃な話だった。
以前もお話ししたことがあると思うが、私は非常に好きな作家がいる。
その作家の方はデビューしてすぐに芥川賞候補となり、幾度と無く賞をとった方だ。


その方のことが好きで、お会いしたこともあった。
今でもその方の作品が好きだし、変に受け取られてしまうのも避けたいので、お名前はあえて出さない。


その時にお話されていた言葉がある。
それがまさにこのピカソに近い言葉だった。


「一瞬、一秒という時間を切り取り、引き伸ばすような作業」


それが小説だというような話をしていた。


つまり、世の中には本当に素晴らしい時がある。本当に興味深い瞬間がある。
その瞬間に注目し、その瞬間を引き伸ばすように書きたいというようなことだった。
まさにその方の作品は素晴らしい瞬間を引き伸ばすような作品が多かった。


ピカソの「私にとって絵は現実を引き裂く 劇的な行動を起こすことだ」という言葉と同じだった。
ピカソの言葉に近づけて言えば、「小説は現実の時間から、素晴らしい時間を引き裂き、それを劇的な作品にすること」
そうなるのだと思う。


ある意味ではフォーカス
現実の漠然としたもの全てを漠然と捉えるのではなく、
現実の優れたものに焦点を当てる。


そして、その焦点を当てたものを現実から引き裂き、それに手を加え、劇的な作品にするということだ。これは芸術だけではなく、ビジネスにも十分に用いることができるものだと私は確信している。


そして、


動画の最後


それはピカソが戦時中に購入したマティスの作品の話になる。
ピカソはマティスの作品の赤と緑に衝撃を受けた。


「この色調の組み合わせは、彼(マティス)にしかできない。だから、どうしても見てしまう」


それはピカソにとって強烈な衝撃だった。


マティスも同じだった。
ピカソの「横たわる裸体」を見た時に驚いて、30分も眺め入っていた。


このエピソードは互いに褒めあっているような軽いものではない。
単に素晴らしいと言っているのとはわけが違うのだ。


ピカソはあえてそのマティスの作品を購入し、
マティスもピカソの作品を考察するため、スケッチしたほどだった。


ここで重要なことは「共通点」、言い換えれば同質のもので成り立っていたのではない。
この2人をこれだけ動かしたのは、異質な部分で成り立っていたことだ。
互いに尊敬しあい刺激しあったとあるが、それは互いの異質な部分で成り立っていたということだ。


これは動画の冒頭の話と不思議なくらい、同じだ。


冒頭でお話ししたとおり、マティスは色彩で有名な画家。色で有名だったのだ。
そのマティスが炭で描くデッサンのことを話す。
自分の作品とはある意味、真逆のことを熱心に話していた。


そして、真逆のライバル、ピカソのことを尊敬していたのだ。


この真逆は非常に重要。
それは明日からの話、そして、これからお話しようとしている「資本主義」の話にも絡んでくる。
ぜひ、楽しみにしていただきたい。


※念のため、動画を再度ご紹介させていただく。





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[ 2012/02/05 14:55 ] 人物 | TB(0) | CM(0)













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