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老子との対話 4

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老子との対話 4


松下幸之助は成功の秘訣を次のように言っていた。
「成功の秘訣は天地自然の理(法則)による」と。


「天地自然の理」


そのように言われても、ピンと来ない方もいると思う。
これを「雨が降れば、傘をさす」という言葉で幸之助は表現している。


 あなたが外出している時に、突然雨が降ったとしよう。その時に真先に考えるのが「傘をさしたい」ということだろう。
折り畳み傘を鞄に入れていれば、その傘をさすだろし、傘を持っていなければ、コンビニなどで買うかもしれない。
 もちろん、「お金がもったいない」と考える方であれば、濡れたままでいるかもしれない。


 でも、いずれにせよ。
頭に真先に浮かぶのは「傘をさしたい」ということだ。雨が降れば傘をさす。それこそが「天地自然の理」と言える。


 幸之助はこの「天地の自然の理(法則)」に則ったビジネスをすることが成功するために非常に重要なことだと述べていた。
逆にうまくいかないのは、その理に則っていないということだ。


 幸之助の成功の法則「天地自然の理」に近いことを2600年前の「老子」の教えにもある。


「『道』と一体になって天地の道理をわきまえた聖人は、わが身を人の後におきながら、それでいておのずからに人に推されて先だち、わが身を人の外側におきながら、それでいておのずからに人に招かれてそこにいる。それは私利私欲をもたないからではなかろうか。だからこそ、かえって自分をつらぬいていけるのだ。」
引用 老子道徳経 上篇


「道」については前回も少し触れたが、単なる人間世界の道ではない。老子では、宇宙自然をもあわせた唯一絶対の根源的な道「道」としている。


無私


 さて、この文章は一言で言えば、「無私」をすすめている。
この「無私」というのは自分のための欲を持たないということだ。ここで「自分の欲を持ってはいけないのか?」と疑問に感じる方もいると思う。


 実際、私がお会いした優秀な経営者の中にも「欲のないヤツはダメだ」などと言う方が少なくない。松下幸之助でさえ、ある意味での「欲」はあったのだと思う。
自分の夢や目標を実現したいという欲。
それがなければ、パナソニックを創業し、一代であれだけの規模に築き上げることなどできはしない。


 でも、老子の言葉をもう一度読んでほしい。これをシンプルに述べれば、「天地自然の道理をわきまえた者は自分をつらぬいていける」ということだ。
逆に言えば、天地自然に対し、我欲は持ってはいけない。もっと言えば、自分の欲を実現させることはできない。


考えてほしい


 例えば、雨が降ったら傘をさすという「自然」
その「自然」に反する、雨が降ったら、「濡れる」などという商品をあなたが開発するとしよう。
それが顧客の何らかの「自然」に則っているのであれば別だが、そうでなければ、間違いなく売れない。人々は雨に濡れたくないのに、それを助長するような商品など売れはしないのだ。


 天地自然を前に自分の欲を実現させることはできない。自らの欲を捨て、自然の理に則る。それが重要だと老子は言っている。


 天地自然に則る。それに逆らうような自分の欲は捨てる。それを実現する方は周囲がほておかない人物になる。老子の言葉を借りれば、「わが身を人の後におきながら、それでいておのずからに人に推されて先だち、わが身を人の外側におきながら、それでいておのずからに人に招かれてそこにいる」
そのような人物になり、ひいては自分自身をつらぬいていけるのだ。


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[ 2012/11/01 13:56 ] 人物 | TB(0) | CM(0)

老子との対話 5

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老子との対話 5


消費低迷の中、ビジネスは非常に厳しくなっている。
「あの企業は大丈夫でしょ」と安定が決して覆されることはないとされていた大手企業でさえ、甘くない状況にある。


そのような状況で増えているものがある。


「コラボ」だ


一企業、一組織の力では生き抜くことができない。
そこで、他の企業と協力し、共同で事業を展開していくことが増えているのだ。


真先に最近の例で頭に浮かぶのは2012年9月27日に開業したユニクロとビックカメラの「ビックロ」だろう。


両社のブランド力、集客力の相乗効果を狙い、ユニクロは売上高で年間約100億円、ビックカメラは約500億円を見込んでいる。


一店舗で年間数百億円の売上を見込む大規模なビジネスだけではない。小規模ビジネス。中でも個人事業主の方などでも、一人では限界がある集客を他の個人事業主などと協力し合うことにより、集客を倍増させていくということが以前より行われている。


CMなどでは、サントリー「BOSS」とソフトバンクのコラボCMなどもある。こちらは広告をよくチェックしている方であれば、記憶されているだろう。


これらを見ていると、「孫子の兵法」が頭に浮かぶ。
「戦わないことが最善の策」というものだ。


「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。」


というものがある。
意味は、百度戦い百度勝利するのは最善の策ではない。戦わずに敵を屈服させることこそ、最善の策であるという意味だ。
「コラボ」もこの類いだろう。
でも、「コラボ」だけではない。


会社員の方であれば、社内の昇進などもそうだ。
上司と戦い、同僚と戦い、部下を罵倒する。そのような方は間違いなく出世できない。
あなたが相手と戦って勝ったとしても、「言いすぎたな」とあなた自身の気分は悪くなる。
さらに相手は気分が悪い。「あいつ(あなたのこと)を絶対許さない」などと思ってしまうかもしれない。


企業は人の集まり。戦い続けたら、いつしか孤独になり、誰一人協力してくれなくなる。
当然、人事評価をする上司だって、あなたを選ばなくなるだろう。


少なくとも、同じ実績であれば、上司に好かれ、同僚に好かれ、部下に好かれているような方が上司を味方につけ、周囲を味方につけ、昇進していく。戦わないことは、「戦」だけではなく、人間関係にも言えることなのだ。


老子は次のように言う。


「最高のまことの善とは、たとえば水のはたらきのようなものである。水は万物の生長をりっぱに助けて、しかも競い争うことがなく、多くの人がさげすむ低い場所にとどまっている。(中略)心のはたらきとしては奥深いのが善く、人との交わりでは情け深いのが善く、ことばでは信義を守るのが善く、政治としては平和に収まるのが善く、事業としては有能なのが善く、行動としては時にかなっているのが善い。すべて模範として争わないでいるのが、善いのだ。」


文章の一部は必ずしも関連性がよくないと中国思想研究の第一人者金谷氏は述べている。
そのため、少し「うん、よく分からないな?」という方もいると思う。


ただ、ここで押さえてほしいのは水のように「競い合うことはしない」ことを模範とすることだ。水のように多くのことに貢献しても、「オレがやった」と競い合うことをしない。
様々なことで実績を残した方をイメージしてほしい。その方が「自分が自分が」ではなく、「アイツよりもオレの方が凄い」でもない。
そのように戦わない人をどのように感じるのか?
いや、「オレがオレが」と周囲と戦い続ける人と比べてどう感じるか?


「老子」「孫子の兵法」
いずれも趣旨は若干異なるが、争わないことを最善の策としている。


「ビジネスが厳しい」


市場が縮小していく中でそう考えているのであれば、まず考えるのは競合に打ち勝つことではない。人間関係だけでなく、ビジネスでも「戦い」は消耗するのだ。
戦わずにすむ方法をまず考えてほしい。老子と孫子は我々にそう教えてくれている。


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[ 2012/11/02 14:37 ] 人物 | TB(0) | CM(0)

iPad miniが届いた

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iPad miniが届いた


昨日、
iPad miniが届いた。


「これはいい!」


まず、驚いたのが「軽い」ということ。


段ボール箱に入って届いたのだが、その状態でも軽い。


まるで、Amazonから本が届いたような感じだ。
と言っても、Amazonの箱などよりもはるかに小さい箱なのだが。。


私はRetinaディスプレイのiPad3を持っていて、
あの超解像度のディスプレイに慣れてしまっている。


そのため、正直な話
「Retinaではないminiのディスプレイはあまり良くないだろう」と感じていた。
おそらく、iPad3を持っていて、miniに興味がある方であれば、そう思っていると思う。


でも、


そんなことはなかった。


解像度は高くなくとも、
画面サイズが小さいのだ。


「意外と綺麗だ」


それが初めて触った時の印象だった。


ただ、iPadよりも小さいので、
入力などをする時のキーも小さくなる。
そのため、少し入力しづらいが、それも「日本語かな」のiPhoneの入力方式にしてしまえば、大丈夫。
不便はないと思う。


でも、ディスプレイや入力など他のことよりも


「軽い」ということ。


「小さい」ということ。


これは想像以上だ。
想像以上の強みだ。


外に持っていって、カフェにでも行きたい気分になってくる。
ラテでも飲みながら、軽く小さいiPad miniが触りたくなってくる。


そして、ここは私の感覚だが、


美しい


ディスプレイと本体とのバランスが非常に良いのだ。
この美しさはiPad3にはない。
美しく、高級感があるのだ。


「RetinaのiPad3よりもいいんじゃないか?」


いや、購入するお金がない方はiPad3を下取りしてもらって、iPad miniを買うのもありだと思う。


素晴らしい製品だと思う。


自宅だけではなく、外出先などで
しかも、片手で持つことができるiPad mini。


どなたにとっても、使用頻度はiPadよりもはるかに高くなるはずだ。


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[ 2012/11/03 13:52 ] 独り言 | TB(0) | CM(0)

不況を打破する方法

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不況を打破する方法


今回は松下幸之助の「不況の心得十訓」をご紹介したい。


これは非常に有名だし、以前もご紹介したことがあったと思う。
でも、改めて、今日はもう一度読みたくなった。


「不況を乗り越えたい」
そう考えているあなたにぜひご一読いただきたい。


1.不況といい好況といい人間が作り出したものである。人間それをまくせないはずはない。

2.不況は贅肉を取るための注射である。今より健康になるための薬であるからいたずらにおびえてはならない。

3.不況は物の価値を知るための得難い経験である。

4.不況の時こそ会社発展の千載一遇の好機である。商売は考え方一つ、やりかた一つでどうにでもなるものだ。

5.かってない困難、かってない不況からはかってない革新が生まれる。それは技術における革新、製品開発、販売、宣伝、営業における革新である。そしてかってない革新からはかってない飛躍がうまれる。

6.不況、難局こそ何が正しいかを考える好機である。不況の時こそ事を起こすべし。

7.不況の時は素直な心で、お互い不信感を持たず、対処すべき正しい道を求めることである。そのためには一人一人の良心を涵養しなければならない。

8.不況のときは何が正しいか考え、訴え、改革せよ。

9.不景気になると商品が吟味され、経営が吟味され、経営者が吟味されて、そして事が決せられる。従って非常にいい経営者のもとに人が育っている会社は好況のときは勿論、不況の時にはさらに伸びる。

10.不景気になっても志さえしっかりと持っておれば、それは人を育てさらに経営の体質を強化する絶好のチャンスである。



あくまで、私の考えだが。。
最初の「不況といい好況といい人間が作り出したものである。人間それをまくせないはずがない」と言葉。


これが大好きだ。
目の前の困難などふっとばせる気になってくる。
その他、2、4、5、9が特に力が湧いてくる言葉だと思う。
パナソニックを一代で築き上げた日本を代表する経営者らしい、力強く積極的な視点がどの言葉にも感じられる。


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[ 2012/11/04 12:41 ] 名言 | TB(0) | CM(0)

老子との対話 6

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老子との対話 6


私は勘違いしていた。


最近は考え方を改めたのだが、勘違いしていたことがあった。
もちろん、その勘違いが必ずしも間違いだったとは言えない。
でも、今の私には正しいものとは言えないものだ。


「勘違い」とは何か?


それは


「常に全力を尽くす」ということ


今でも「常に全力を尽くす」という気持ちであらゆることに取り組んでしまう気持ちはある。それは否定できない。


「常に全力を尽くすことの何が悪いのか?」


それは自分の力を限界まで使ってしまうことにある。自分の力を限界まで使ってしまうと、必ずその力は降下する。


シンプルに話せば、「100M走」を全力疾走してほしい。
間違いなく、そのスピードで走り続けることはできない。


仕事も同様だ。限界まで燃え尽きるように仕事をしてしまうと、その後は走り続けることが困難になるのだ。
あなたの周りにも「あの時はとてもやる気があったのに、今は全くやる気がないね」というような方がいると思う。


まさにそのような状況になってしまう。
あなたの街の坂と同じだ。坂はずっと登っていくようなものではないだろう。ピークが来て、いつかは必ず下る時が来る。ピークの後は必ず落ちるのだ。


だからこそ、重要なのは


「平常心」


この「平常心」自体のパフォーマンスを上げることだ。もっと簡単に言えば、あなたの平均的な状態のパフォーマンスを高めることだ。そうすることで、常に高いパフォーマンスを発揮することになる。


これを老子流に言えば、自分の自然な状態を良いものにしていくのだ。自分の限界の状態ではない。極端なことはせず、自分の自然な状態を高めて行く。
それが非常に重要なのだ。


「常に全力を尽くす」「常に平常心でいる」


この2つは、対局にあるが、どちらも世の中では同じように正しい言葉とされている。
だが、明らかに後者が高いパフォーマンスを継続して発揮できるものだ。


常に平常心を心がけ、その平常心の状態で最善を尽くせるようにしていく。
全力を尽くすことは悪いことではないが、少なくとも「常に」ではない。全力を尽くしたとしても、休む時は休む。上ったら下がる。
つまり、バランスをとることが重要だ。


ビジネスは長いマラソン。長いマラソンの中、100Mを全力疾走するようなことをしてはいけない。間違いなく、その後のマラソンを走り切ることはできなくなる。
足はガタガタと震え始め、前に進むこともできなくなる。自分のペースで走っていたのあれば、軽く走れるスピードも保てなくなり、トータルではボロボロの記録になる。


平常心。長く走れる状態を最善のものにしていくのだ。


老子は次のように語る。
「常に全力を尽くす」ということではないが、「ピークに達したものは降下する」と話してくれている。


「いつまでも器をいっぱいにして満たしつづけようとするのは、やめたほうがよい。
鍛えに鍛えてぎりぎりまで刃さきを鋭くしたものは、そのままで長く保てるわけはない。
黄金や家宝が家じゅういっぱいにあるというのは、とても守りきれるものではない。
財産と地位ができて頭が高くなると、自分で破滅をまねくことになる」

参考:老子道徳経 上篇


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[ 2012/11/05 11:45 ] 人物 | TB(0) | CM(0)













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