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明けまして、おめでとうございます

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「明けまして、おめでとうございます」


ここで通常のご挨拶をお伝えしようと考えたけど、やはり昨年と同じことをお伝えしたくなった。


真先に頭に浮かぶのがスティーブ・ジョブズの言葉
スタンフォードのスピーチの一説だ。


「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる(予定の)ことを私は本当にやりたいのだろうか?」


ジョブズはそれに対する答えが「NO」という日が幾日も続くと、何かを変える必要があると考えていた。
自分が死と隣り合わせにあることを忘れずにいること。それが重要だと話していた。


昨年はそれを次のように考えた。


「もしこの1年が人生最後の年だとしたら、私は何をするのだろうか?」


ジョブズは死を意識しながら、決断を下すと、
あらゆる物事は全て
例えば、外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て、そのほとんど全てが消え去り、後に残るのは本当に大事なことだけになると話していた。


2013年を人生最後の年


そう考えると、本当に重要なことしか残らない。


他人の満足ではなく、自分が満足する人生
他人の最高ではなく、自分自身が最高の人生を送りたくなる。


莫大なお金を稼いでも、自分の生き方に満足していない方もいる。
高い地位を得ても、その地位に自分が満足していない方もいる。


残り1年だと考えれば、そのような生き方はできなくなる。
自分が情熱を感じるものを実現させること。
そのことに100%の能力を使いきって、生きる。


2013年を人生最後の年と考えるだけでそれだけの力を持つ。


人生最後の年
そう覚悟を決めて、全力を尽くす。
それを今年も実現していきたいと考えている。


2013年
あなたが幸せであることを
あなたが健康であることを
あなたの道の実現を
あなたのビジネスでの成功を
そして、あなたの2013年が素晴らしい年となることを心から願っている。


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[ 2013/01/04 13:15 ] ご挨拶 | TB(0) | CM(0)

老子との対話 29

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老子との対話 29


「あなたは人を叱ったことはあるだろうか?」


あなたが部下をもつ身であれば、幾度となくあるだろう。


部下を叱る時、何を注意しているだろうか?
何を意識して、人を叱っているだろうか?


人を叱る時、僕は注意していることがある。
それは


「怒り」になる前に叱ることだ


例えば、部下があるミスを犯したとしよう。
そのミスを見て、「こんなミスをして」と思ったのに心の中でため込み、それが蓄積し、爆発するように「叱る」と、どうしても感情的になる。激しい怒りを相手にぶつけることになる。


これでは双方に利益はない。
叱る側も叱られる側もだ。


そもそも、何のために叱るのか?


ケースにもよるが、部下がした「ミス」などを改善するために叱るのだろう。
叱る側と叱られる側の関係悪化のために叱るわけではない。


感情的に叱った場合、叱る側は強烈な怒りを相手にぶつけたことで自己嫌悪に陥る。場合によっては相手と修復できないほどの壁を作るかもしれない。
叱られた側もそうだ。相手が上司であれば、本音は言わず、我慢するかもしれない。
でも、上司に対して「不満」を超えて、「憎しみ」を持つかもしれない。


だからこそ、重くなる前、軽いうちに怒ることだ。
心の中で何かを長期間ため込むとその鬱憤をはらすように怒りをぶつけるようになる。
だから、軽い段階で軽い話をする。


老子の言葉を読んでほしい。
「叱る」話ではないが、非常に参考になる言葉だ。


「武器というものは不吉な道具である。
不吉な道具であるからには、だれもがそれを嫌うであろう。
そこで「道」をおさめてそれを身につけた人は、武器を使うような立場には身をおかないのだ。
(中略)
武器というものは不吉な道具である。ほんらい君子の使用すべき道具ではないのだ。
どうしてもやむをえずに使用しなければならないとなれば、執着をもたずにあっさりと使うのが第一である。
勝利が得られても、決してりっぱなことではない。
(中略)
それをりっぱなこととして誉めそやすのは、つまり人殺しを楽しみとしているということだ。
そもそも人を殺すことを楽しみとするようなものでは、世界を支配したいという望みをもったところで、とてもとげられはしない。
(中略)
深い悲しみの心ですすり泣き、戦いに勝ったときも、葬儀の礼式に従って対処する」

参考:老子道徳経 上篇


「武器」とは何か?


僕たちビジネスマンにとって、「叱る」ということも武器の一つだ。人を攻めるのだから当然だ。それに、「武器」同様、「叱る」という言葉にも良いイメージを抱く人はいないだろう。


だからこそ、基本的には使用すべきではない。それでも叱らなければならない時は執着をもたずにあっさりと叱ることだ。


あっさりと叱る方法としては、僕が言う「怒り」になる前に叱る方法も有効だ。


老子は「武器はほんらい君子の使用すべき道具ではない」と言っている。
君子は企業で言うところの社長とも言える。
つまり、社長は叱ってはいけないということだ。


社長が叱ってばかりいたら、従業員は社長に好意は持たず、悪意を持つようになる。当然、社長のため、企業のため働かなくなる。


最悪、社長が叱らなければならない時もあっさりと叱ることだ。心の中でため込み、怒りをぶつけるように叱ってはいけない。
あっさりと叱ること。それが重要だ。


武器は不吉な道具
使い方には注意が必要だ。
あなたが社長であればなおさらだ。


数年前、ある優秀な社長が「叱り役がほしい」と話していた。
これはまさにこのことだ。


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[ 2013/01/07 19:11 ] 人物 | TB(0) | CM(0)

老子との対話 30

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老子との対話 30


以前、ある経営者がネット上で顧客のことを非難した。
それを見た僕の友人はその経営者のことを非難していた。
「一体、何様なんだ」と言って。


あなたはどう思うだろうか?


他の経営者はその経営者をかばい、「顧客のことを何でも聞くのは必ずしも正しいわけではない」と言っていた。


これに対しても、僕の友人は「経営者同士がかばいあって嫌な気分だ。許せない。もう、彼らの会社からは買わない」と怒りがおさえられないようだった。


でも、僕の考え方は違う


「お客さまが必ずしも正しいわけではない」という意見には同意する。


ただ、この件に何の問題もないと言うわけではない。


顧客は貴重なお金を支払っている消費者だった。
多額の所得を稼いでいる経営者が貴重なお金を支払っている一般の消費者を非難している図式にしか見えなかった。


しかも、ネット上だ。多くの人が見ているところで非難すべきではなかった。誰だって、人前で非難されるのは気持ちの良いものではない。ましてや、前回の話で言えば、「非難する」ということは武器とも言える。
君子は武器から遠ざかるべきなのだ。
大勢が見るところで、「武器」を使ってはいけない。


まして、それはお客さまだ。


貴重なお金を支払ってくれたお客さまに対して、非難してはいけない。どうしても、言いたい場合は言葉遣いには注意が必要だ。
「武器」の匂いを感じさせない表現であるかどうかを考えて、話すべきだった。


ただ、気持ちは分かる。


血のにじむような努力をし、ビジネスを育ててきたのだ。それを非難された時の気持ちは痛いほど分かる。
でも、ネット上の「非難」は相手だけではなく、その他大勢にも影響を与えることなのだ。非常に注意が必要だ。


それに人を非難しても、人を思い通りに根本から変えることはできない。非難して勝っても、それを果たすことはできないのだ。


老子は言う。


「手を加えない素朴な樸(あらき)は、微小なつまらないものであっても、それを道具として働かせることは世界中だれにもできない。
諸侯や王たちが、その統治のうえで、もしこうした『道』の素朴な立場を守りつづけることができるなら、あらゆる物はおのずから服従してくるであろう。
天と地とは和合して豊かな恵みの雨路をふらせ、人民はことさら命令をしなくとも、おのずから統一される。
(中略)
『道』がこの世界を支配するありさまは、それをたとえてみると、ちょうど大河や海が低いところにあって、川や谷間の流れを自然に集めているようなものだ。」

老子道徳経 上篇


微小なつまらないものであっても、
道具として働かせることはできない



部下なども同じだ。
部下を道具として扱おうとする人もいるかもしれない。でも、人を思い通りに扱うことはできない。
「お金のため」に嫌な上司の話を聞くかもしれないが、心から従うことはない。


ましてや先ほどの件は顧客だ。
お金をもらっている部下ではなく、お金を払っている顧客だ。


上からでなく、下にいることが重要だ。
老子の言葉で言えば、「大河」や「海」のようにいることだ。


「『道』がこの世界を支配するありさまは、それをたとえてみると、ちょうど大河や海が低いところにあって、川や谷間の流れを自然に集めているようなものだ。」


追伸 最近、「老子との対話のシリーズのおかげで老子を読むようになった」という声をいただいている。老子をよく知りたい方は「老子 金谷治」の書籍がオススメだ。ぜひ、ご一読いただきたい。


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[ 2013/01/08 17:25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

老子との対話 31

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老子との対話 31


これまで、このブログでは「他人(ひと)のことを意識する」のはあまり良いことではないと話してきた。


正直に言えば、僕にも他人のことばかり意識していた時期もある。
でも、今はそれがほとんど意味がないことだと考えてる。


そもそも、それは人生の目的だろうか?


少なくとも、僕の目的を言えば、


「僕自身を輝かせたい」


一言で言えば、そういうことだ。


僕自身の強みを見出し、その強みを高め、最大限発揮して生きていきたい。
世の中に最も貢献できるように生きていきたい。


世の中の多くの人に貢献できることは、とても嬉しいことだし、それによって何かをこの世に残していくことができれば最高だ。


その道を歩くチャンスも問題も、自分の中にある。


自分の強みは何か?
世の中に最も貢献できる強みは何か?


自分の中のそれを見出すこと。まずはそれだ。
そして、その強みを最大限磨き上げること。
自分の限界を超え、その強みを磨き上げることだ。


誤解をしないでほしい


他人を意識しないというのは他人を参考にしないというのとは違う。
磨きたい「強み」の面で、自分より優れた方がいるのであれば、参考にすれば良い。


彼らの強みを認め、その考えや技術を学ぶ。
そして、自分の強みを磨き上げる。


そして、その時間は長い方が良い。
強みを磨くことに時間を費やせば費やしただけ、その質は高まる。レベルは高まるのだ。


人生で最も大切なことは自分の外にあるのではない。
自分の内にある。
自分の強みを見出し、自分の限界を超えるようにその強みを磨き上げる。


考えてほしい。
他人を意識してばかりで、自分のことを見ない。
他人の強みを意識してばかりで、自分の強みを磨かない。


他人の強みばかりを参考にし、自分の強みを無視した行動では意味がない。


ビジネスで重要なのはマーケティングとイノベーション


これまで話したことはマーケティングとイノベーションに近い。
マーケティングは顧客を見ることから始まり、イノベーションは限界を超え、改善していくことだ。


先ほどの話は自分を見ることから始まる。
そして、自分の強みを限界を超え、改善していく。同じことだ。


老子は次のように言う。


「他人のことがよくわかるのは知恵のはたらきであるが、自分で自分のことがよくわかるのは、さらにすぐれた明智である。
他人にうち勝つのは力があるからだが、自分で自分にうち勝つのは、ほんとうの強さである。」



自分のことを知ることだ。


確かに自分のことは簡単には分からない。
でも、徹底的に分析すれば、何が強みか、
それは分かるようになる。


その強みを限界を超えて、高めていく。


本当の欲求は他人に勝つことではない。
「他人に勝ちたい」という人は少なからずいる。
でも、その人たちも気がついていないが、実は他人に勝ちたい以上に自分の欲求を満たしたいのだ。
自分を輝かせたい。
そして、自分を世界に貢献していきたい。
そう考えているだろう。


それを成し遂げるのは「自分」だ。


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[ 2013/01/09 21:48 ] 人物 | TB(0) | CM(0)

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本日は仕事とプライベートとバタバタしていて、
ブログを書ける状況にないので、今回はお休みとさせていただきたい。


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[ 2013/01/10 20:43 ] ご連絡 | TB(0) | CM(0)













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