ピザ定食はアリか?ナシか? 8~ 売上増加

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ピザ定食はアリか?ナシか? 8

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「ピザ定食はアリか?ナシか? 8」


これまでお話ししたとおり、今回のドミノピザ関西限定のWEBキャンペーン(ピザ定食)の反響は大きい。
12月12日段階では、キャンペーンの投票結果はアリが8183票、ナシが7406票。合計、15589票。
15日段階では、アリが8911票、ナシが7984票 合計 16895票だ。


途中スキップしないのであれば投票まで1分5秒ほどかかるサイトだ。
サイトに訪問した全ての方が投票してくれるわけではない。
それでも非常に多くの方が投票している。


しかも、このキャンペーンの効果は投票だけではない。
ブログやサイトでもこのキャンペーンついては数多くの方が取り上げている。
googleでの1ヶ月以内の「ピザ定食」というキーワードの完全一致の検索結果の数は95600件


また、読売、毎日、産経などの様々なニュースサイトでも取り上げられ、話題はますます大きくなり、テレビでも取り上げられた。


この効果は、何が生んだのだろうか?


twitterだろうか?facebookだろうか?ニュースだろうか?テレビだろうか?


もちろん、それらの効果もあるが、根本的な原因ではない。


その原因は


「極端」だ


これについては以前もお話ししたことがある。


極端というのは「普通」から離れていること。


「偏差値」などを考えてほしい。
大学受験や高校受験の際に使っていた偏差値だ。
あれは平均点と同じだった場合、偏差値は50になる。


その偏差値50の付近には多くの人がいる。


だが、それが上位になればなるほど、
もしくは下位になればなるほど、人が少なくなって行く。


つまり、中庸は人が多く、良い方に極端であれ、悪い方に極端であれ、極端になればなるほど、人が少なくって行く。


これは偏差値だけではない。


商品やサービスも同じだ。
平均的な商品やサービスは最も多い。
しかし、極端になればなるほど、商品やサービスは少なくなっていく。


つまり


「希少性」が高まる


希少性のあるものは、少ないがために価値が高まる。それに、注目を集めやすくなるのだ。
ありふれたものではないのだ。当然だ。


ライバル商品がない斬新な新商品があるとしよう。
それは「極端」なもので、「希少性」を生む。
だが、そこに競合が出てくると、それは極端なものではなく、中庸なものとなる。
非常識なものではなく、常識的なものになってしまうのだ。


常識的なものになると、注目を集めなくなり、「希少性」もないことから価値もなくなる。
それに注目されなければ、手に取ってもらうこともなくなる。当然、買ってもらうこともできない。


だからこそ、極端だ。


極端になれば、注目は集まる。


ただ、注目を集めれば、ビジネスがうまく行く訳ではない。


確かに極端なものには注目してしまう。
例え、それを欲していなくともだ。
見たくもない、知りたくもない悲惨な事故など、そのようなものでも注目を集めることはできる。
でも、そのような悲惨なものを欲しているわけではないのだ。


そこで、以前ご紹介した松下幸之助の商売の原則、「雨が降れば傘をさす」を組み合わせてみよう。
松下幸之助はこの言葉のように人が「自然」に行なうことに逆らってはいけないと述べていた。
人の自然な思考や行為。それに逆らわないように商売をすることが重要と言っていたのだ。


そう考えると、「極端」なものでありながら、「自然」なもの。
それが望ましい。


「極端」「雨が降れば傘をさす」


ピザ定食はまさに極端だ。
普通(中庸)のものではない。
普通にはない「極端」なものであり、だからこそ注目を集め、希少価値を生むのだ。


それに、関西であれば、「お好み焼き定食」は自然なものだ。
さらに「ピザ」自体も「当たり前(自然)」のように食べているものだ。
(極端はピザ定食である点)


そう考えると、ピザ定食は「極端」であるが、「お好み焼き定食」や「ピザ」自体は「自然」なものだ。
多くの人が食べている「お好み焼き定食」や「ピザ」が「極端」なのだ。
だからこそ、多くの人が注目してしまう。


余談だが、このパターンのものは成功するケースも多い。
私のクライアント企業でも、成功した商品があるし、あなたもご存知の商品であれば、「食べるラー油」などもある。


「ラー油」自体は人の生活に普通に使われているもの。
餃子を食べる時などにも使うだろう。


そこに「極端」だ。
本来のラー油のイメージから「食べる」という行為が大きく乖離している。
「つける」や「飲む」ではないのだ。
その「極端」さが注目と価値を生む。


ただし、「極端」なものは完全に「自然」なものではない。
「ラー油」自体を使うことは自然なことだが、「ラー油を食べる」ことは自然とは言いがたい。
それが顧客にとって意味のあるものでないと長続きはしないし、長続きしなければ「自然」にはなりえない。


ピザ定食も同じだ。
ネット上でも食べたいという書き込みを見る。
だが、それが継続して評価されるかどうかは、それ自体が一定期間利用される必要がある。
自然になる必要がある。


「極端」さは時間の経過と共に、その力を失う。
その力を失う間に人々にとって「自然」になる必要があるのだ。


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[ 2011/12/15 13:23 ] 売上増大 | TB(0) | CM(0)



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