老子との対話 1~ 売上増加

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老子との対話 1

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老子との対話 1


さて、「老子」との対話をはじめていきたい。


断っておきたい。


私は中国思想の研究家ではないし、「老子」の研究家でもない。
その意味では、「老子」そのものを知りたいのであれば、その専門家の方から学んでほしい。
(東北大学名誉教授などを歴任された金谷治氏のものがオススメだ。今回のシリーズはそれを参考、引用させていただいている)


お話しするのはあくまで私の考え。
専門家の意見とはかけ離れたものであることをご理解いただきたい。


まず


私のことを少しだけお話しさせていただきたい。


今では情報を毒の要素もあると話しているが、
正直な話。私自身、膨大な書物を読んできた。


「1日1冊」


そう決めて、毎日ように書籍を読むことを心がけてきた時期がある。


もちろん、非常に厚い本は1日では読めなかったが、このブログのように可能な限り、毎日読見続けた。
さらに、それを実践するように、毎日のようにそれをビジネスに活かした。
習得したものを実践してきた。


でも、そこで分かったことは多くのことは間違っているということだ。


書籍だけではない。
あらゆる情報、新聞などもそうだ。
例えば、10年前に書かれた新聞記事を現在と照らしてほしい。
「この業界はこうなる」とか「この企業はこうなる」という考えの多くは的外れだ。


日経平均の予測記事などまさにそうだ。
上がるという人と下がるという人がいるのだ。
当然、どちらかは間違っている。


ただ、そのようなものの中にも本物がある。
それが実践している方が書いたものだ。
よくお話ししているとおり、自転車のうまい乗り方を知りたいなら、自転車に乗ったことがある人から聞くべきだ。


「当然のこと言うな」と言われるかもしれないが、世の中の多くの情報は自転車に乗ったことがない方のものが多い。
理由は簡単だ。情報を発信する方の多くは、情報を発信することのプロなのだ。
例えば、ビジネスの記事はビジネスをしていない記者が書いている。
それよりは、実際にビジネスをしている経営者の方が書いた本の方が良い。


ただ、問題がある


自転車に乗ったことがある実践者の情報を読んでいても、本当の成功要因は見えてこない。
理由は簡単だ。


その成功要因を自転車に乗っている人が気づいていない場合もある。
また、その成功要因に気づいてはいるが、「自分が当たり前だと思っていることだから、他人にも当たり前のことだろう」と考え、「本に書くまでもない」と思っているケースもある。
また、成功要因と本で書いていることが、本当に優先順位の高いもので無い場合もある。


でも、それら問題点を意識して、
膨大な書籍を読むと、不思議なことが起こる。


時折、脳裏に浮かんでは消えるものが現れる


大げさに言っているわけではない。
ビジネスの世界だけではなく、人間の世界にも共通するある種の真実のようなものが見えてくる。


誰から教わったわけでもなく、
いや、別の言い方で言えば、本物の情報の重なり合う部分が教えてくれるとも言える。
あらゆるものに共通する「真実」というものが見えてくる。


人間はこうして生きるべきだ。
ビジネスはこうしてやるべきだ。
という、まさに「真実」だ。


「宗教家っぽい」と言われるかもしれない。
でも、本当にそれが見え隠れするのだ。


中国の古典


その時に中国の古典を読むと、より確信に近づく。
浮かんできた「真実なのかもしれない」と思えた考えが
「老子」などを読むと「やはり真実だろう」と確信に近づく。


多くの情報、多くの成功や失敗の経験
そこから見えてきたことを
何世紀にも渡って伝わってきた古典的思想。
それらで検証していくような作業だ。


中でも「老子」は非常に良い。


では、「老子」と語って感じることを少しずつお話ししていきたい。


最初にお話ししたいこと


まず、最初にお伝えしたいのは


それは「失敗」はないということだ。


現実の社会で生きていると


「あいつはダメだよ」と言う人がいる。
「なかなか成果が出ない」という方もいる。


うまく行っていないこと。
失敗していること。
それらを悪いものとして扱う。
いや、そのような方は多いだろう。


でも、実際はそうではない。


ある商品をプロモーションするとしよう


展開するのは広告A。それ1つだけだ。


シンプルに1万円の広告費に対し、10万円を売上目標とし、1万円を利益目標だとしよう。


その目標に対し、実際に展開すると、結果は8万円の売上、5千円の利益だった。
目標とする売上、利益に到達しない。
この場合、多くの人は「あー、失敗した」と言うだろう。


では逆に、10万円の売上、1万円の利益に達したとしたら、どうだろう。
この場合は、多くの人が「うまくいったよ。成功したよ」と言うだろう。


成功したのだ。
「あー、良かった」と安堵し、それを継続展開していくことになる。


でも、安堵してしまい、そこで満足すると、そこから効率が上がることはない。


満たされることは何一つ生まない。満たされてはいけないのだ。


「成功」は「満たされる」ことにつながり、「満たされる」ことは「改善しない」ことにつながる。
その可能性があるのだ。
それは、ある意味では「失敗」なのだ。


さらに


「広告A」だけではなく、
広告B、C、D、Eと展開したとしよう。


その結果を効率が良い順に並べると


1位 B 
2位 C  
3位 D 
4位 E 
5位 A


になるとしよう。


この場合、広告Bが最も良いのだ。
当然次からはBを展開していくことになる。
Aが最も悪いのだ。
当然だ。


実は、Aが成功だと思っていたが、
BCDEから見ると、失敗なのだ。
そう考えると、成功は失敗でもあることが分かる。


さらに言えば、
最高のBから見れば、他は全て失敗だ。


いや、もっと言えば、最高のBでさえ、失敗かもしれない。
もっと良い成功のものがあるかもしれないのだ。


すると、「成功」だと思ったもの全てが「失敗」とも言える。
でも、その「失敗」は「改善をしよう」と次の「改善」のきっかけにつながるので、「成功」とも言えるのだ。


以上が、「成功」と「失敗」に対する私の考えだ。


老子はそのことにダイレクトに答えてくれはしない。
でも、良いことと悪いことについて、次のように語ってくれる。


「世界の人びとは、だれでも美しいものを美しいとわきまえているが、実はそれは醜いものなのだ。
だれでも善いことを善いとしてわきまえているが、実はそれは善くないことなのだ。
世間でいう善とか美とかいうものは、みな確かなものではなく、それにとらわれるのはまちがっている。」



「成功」という言葉や「失敗」という言葉
それは確かなものではない。


「成功」は「失敗」でもあり、「失敗」は「成功」でもある。
それらにとらわれず、全力を尽くすことが重要だと思うのだ。


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[ 2012/10/29 13:54 ] 人物 | TB(0) | CM(0)



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