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老子との対話 17

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老子との対話 17


情報には二通りある。
使える情報と
使えない情報だ。


言い換えれば、
生きる情報と
死んでしまう情報だ。


ある職人がいた


彼は何一つ世の中の「常識」と言われるようなことを知らない。テレビ、新聞、雑誌などで話題になっているようなニュースも知らないし、世間から見れば、彼は何も知らない。


でも、僕は何とも思わない。
むしろ、彼を尊敬している。


イチローのような野球選手が政治のニュースを何一つ知らなくても、僕らは何とも思わない。イチローが野球選手だからだろう。野球を極めていれば、もっと言えば、役割を極めていればいい。


彼も同じだ。彼には極めている仕事がある。イチローが野球のことだけ、詳しければ良いように。彼は彼がやる仕事を極めている。
その道を極めた人を僕は美しいと思う。
彼のお客さんも、そんな彼に満足しているのだ。


その彼と会う度に思うことが
彼が得ている情報、いや知識はずっと使えるということだ。


彼はその職人として必要な情報、知識を何度も何度も使い、それを極めて行く。


手に入れた情報、知識
それを毎日毎日使って行く。
その度に磨かれ、それは一生使われて行く。


僕たちの周りにある情報はそういう情報ではない。
「○○企業の会長が逮捕」とか
「○○の国で××という事件が勃発」とか
その多くが一瞬だけ意味があり、1ヶ月もすれば、二度と口にしない。意味をなさないものだ。


試しに5年前の新聞記事をチェックしてほしい。「確かにこんなニュースあったなあ」と懐かしい気持ちにはなる。
でも、その99%以上は使わない。
99.9%かもしれない。


その99.9%にかけた時間のほんの10%を自分の極めたいことに当てていれば、僕たちはさらに凄くなっているだろう。


その意味がないものが自分の血や肉となる。
そう思っていたこともあるが、よく考えると意味はない。


先ほどの彼の職人としての知識を見ているとそう思う。
1つ1つの知識が長期間使われるのだ。
その知識で多くのライバルにも負けない。競争相手にも負けることはないのだ。


時間は限られている。
でも、情報は氾濫している



当然、「知識」の選別が重要だ。
できれば、「生き続ける」情報を得ることだ。
そもそも、一瞬で終わるようなことを知っていなくとも大したことではない。
もっと偉大なこと。意味のあることを知るべきだ。


老子はこう言う。


「『唯(はい)』というのと『阿(ああ)』と答えるのと、どれほどのへだたりがあるのだろう。美しいといったり醜いといったり、それもまたどれほどのへだたりがあるだろう。人びとの慎むところは、こちらも慎まないわけにはいかないが、さてもぼんやりとしたひろがりで、どこまで慎んだらよいのか果てしもないことだ。」老子道徳経


確かに人と会話するために、色々と知っている必要はあるかもしれない。
でも、そのためにあらゆることを押さえておくことはできないし、切りがない。


老子の言葉で言えば、「はい」と答えるのと「ああ」と答えるのにそれほど大きな違いはない。


動物は生きているものを食べることで生きることができる。
情報も同じだ。死んでしまう情報ではなく、生き続ける情報を食べることだ。


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[ 2012/11/28 16:15 ] 人物 | TB(0) | CM(0)



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