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世界帝国ローマを苦しめた男

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世界帝国ローマを苦しめた男


(今日は何故か老子ではなく、彼のことを書きたくなったので、以前お話した内容を再度ご紹介します)


空前絶後の世界帝国を築き上げたローマ
ローマは1000年にも渡り、
地球上で初めて、世界国家を実現させた。


そのローマ史上最大の敵と言われた人物がいる。それが


ハンニバル


塩野七生の「ローマ人の物語」
その中で僕が最も凄まじい人物だと感じたのはローマ人ではない。
ローマ最大の敵、ハンニバル・バルカだった。


紀元前3世紀、ローマはイタリア半島を統一していた。
その後、地中海世界へと展開していく。


そこに大きく立ちはだかった人物がいた。
カルタゴの司令官ハンニバルだ。(カルタゴは現在の北アフリカ。チュニジアの首都近く)


カルタゴとローマは地中海の覇権をかけ戦争へ突入
スペイン東にあった小国サグントゥム、ローマはその国と同盟関係を結び、ハンニバルの進出を阻止しようとした。
だが、ハンニバルはサグントゥムを包囲攻撃し、8ヶ月後に陥落。
常勝ローマ軍を倒した。


アルプス超え


ハンニバルはそれで終わらなかった。
歩兵50,000、騎兵9,000、戦う象37頭をつれた「アルプス越え」を決行
それはまさに想像をさらに超えるような意表をつく戦術だった。


雪が降るほどの寒さ


狭い山道


危険な崖


行軍は危険であり、不可能と言われるものだった。
だが、ハンニバルは強固な意思とその戦術により、アルプス超えを成功させた。
そして、ローマ目前に迫ったのだ。


ハンニバルの攻撃を予測していたローマでさえ、アルプス超えは誰一人として考えていなかった。


その後、ハンニバルは連戦連勝を続けた。
カンナエの戦いなどではローマ兵の大部分が滅びた。
(余談だがトレビアの戦い、トラシメヌス湖畔の戦い、先ほどのカンナエの戦いのハンニバルの戦略と戦術は現在の軍事戦略にも影響を与えていると言われている。)


ハンニバルはローマ軍を完膚なきまでに叩き潰した


しかし、ここでハンニバルは破れる。
ローマに敗れたのではない。
味方であるカルタゴに裏切られるのだ。


ローマ帝国の中心地ローマに迫ったハンニバル軍はカルタゴの援軍を待った。
だが、カルタゴ軍はローマの反撃を恐れた。そして、ハンニバルの援軍の要請を無視する。


やむをえず、ハンニバルはカルタゴに戻る。
それを待っていたのがカルタゴ元老院の裏切りだった。
カルタゴの元老院はローマとの休戦を求めハンニバルをローマに差し出すことを約束していたのだ。


ここからハンニバルの逃亡生活が始まる。


強力で強大な帝国ローマを陥落寸前まで追いつめた天才軍師ハンニバル
彼は逃亡生活の末、紀元前183年、自らの命を絶つのだ。


彼はローマ人の記憶にローマ史上最大の敵として残っている。
それだけではない。
後世のローマにおいて、ハンニバルを不滅のローマ帝国に立ち向かった畏敬の人物と認識されている。実際、敵であったカルタゴ人であるにもかかわらず、ハンニバルの像がローマの街の中心に建立されることもあったと言われている。


巨大なローマ帝国を前にしても諦めることをしない。
不可能を可能にしてしまう男、ハンニバルの言葉をご紹介したい。


「視点を変えれば、不可能が可能になる。」


もし、あなたが今後「不可能だ」と感じた時、ぜひこの言葉を思い出して欲しい。
ハンニバルがあなたを助けてくれるだろう。
困難を目の前にしても行動する勇気も与えてくれるだろう。


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[ 2013/02/26 17:20 ] 人物 | TB(0) | CM(0)



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