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中国古典「菜根譚」が教える「フォーカス」とは?

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中国古典「菜根譚」が教える「フォーカス」とは?


今回は中国古典 菜根譚


その中で気になる一言をご紹介したい。


菜根譚が語る「フォーカス」についてだ。


まずは次の言葉を読んでほしい。


「多くのことをしようとしない
魚釣りは、俗世間を離れた自然の中で楽しむ遊びであるが、それでもなお、人は魚を殺したりする力を持っている。また、囲碁にしても上品で優雅な遊びであるが、それでもなお、勝負を競い戦う気持ちが出てくる。
したがって、本当に穏やかにのびのびと暮らすためには、何か事を始めるよりも、今していることを減らしたほうがよい。また、自分本来の姿を取り戻したければ、多くの才能を発揮してさまざまなことをするより、才能がなくても1つのことに打ち込むほうがよい。」


参考:中国古典の知恵に学ぶ菜根譚 (ディスカヴァー)




いわゆる、アル・ライズなどが言う「フォーカス」じゃない。
ビジネスとしての「フォーカス」じゃない。


でも、シンプルにフォーカスすべきことが説明されている。


言まず、「魚釣り」


そこからイメージするものは何か?


自然の中で、ゆったりとした時間を過ごしつつ、楽しむものだ。
でも、実際は違う。
人はその魚を傷つけたり、殺したりする。
こんなことを怒られるかもしれないが。。


次に、「囲碁」


これも同じだ。


本来は落ち着いた雰囲気の中、優雅で上品な遊びだ。


でも、この囲碁でさえ、「勝ちたい」と強く思ったり、「負ける」ことで悔しくなったりする。
時には勝負を競うことで、自分を見失ってしまうこともある。


本来は殺伐としたり、ギスギスしたりするものではない「釣り」や「囲碁」
でも、実際は違う。


この2つでさえ、そうなのだ。
全てがそうとは言えないが、人が行うほとんどのことは精神に負担をかける。
自分本来の姿を失ってしまうものなのかもしれない。


釣りや囲碁でさえそうなのだ。


のびのびと本来の自分でいるためには
当然、多くのことをしてはいけない。


そもそも、どんなことも最初が一番大変だ。
物事である一定の成果を上げるには多くの助走期間が必要になる。
当然、多くのことをやればやるほど、成果が出る以前に膨大な時間や労力が必要になる。


だからこそ、1つ
もしくは少数に絞込み
自分本来の姿で生きていくのが理想だ。


さらに理想を言えば、
ビジネスの源泉である顧客が欲することで
自分本来の強みが発揮できるもの。
そこにフォーカスできれば、最高だ。


そのような1つに絞り込むことで、
あなたの精神的な負担は減り、
あなたの強みも発揮できる。
さらに、あなたの顧客も喜ぶのだ。


最高の状態だ。


ぼやけた点をいくつも作っても、強力な力を生むことはできない。
1つに集中する。
そうすることで強力な光を生むような成果を上げることができるのだから。


focus


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[ 2013/05/11 13:02 ] 売上増大 | TB(0) | CM(0)



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